『ブックカバーチャレンジ』で紹介した7冊
先日Facebookで、我が友サトケンからブックカバーチャレンジなるものが回ってきた。Stay Homeのさなか、ときどき見かける「〇〇チャレンジ」のひとつのようだ。
この企画は、“読書文化の普及に貢献するためのチャレンジで、参加方法は好きな本を1日1冊、7日間投稿する”というものだそうです。
①本についての説明はナシで、表紙画像だけをアップする。
②その都度1人のFB友達を招待し、このチャレンジへの参加をお誘いする。
こういうの、普段ならまず乗らないが、サトケンのリクエストであること、いろんな人に「好きな本は?」と聞かれる機会が少なくないこと、子供の頃から本(文章、言葉)に多くの気づきをもらっていて、それを紹介できるのは面白いかもと思ったこと、などの理由でやることにした。
結果、なんだかとても楽しめた。あっという間に終わってしまった、とさえ思った。好きな本は数えきれない。
七日間に渡り投稿したものを、ここにもまとめておきたい。タイトルをクリックすると詳細が見られるので、興味があればあなたもぜひ読んでみてほしい。
* 以下、太字は本文からの引用。
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一日目:
旅をする木/星野道夫
「いつか、ある人にこんなことを聞かれたことがあるんだ。たとえば、こんな星空や泣けてくるような夕陽を一人で見ていたとするだろ。もし愛する人がいたら、その美しさやその時の気持ちをどんなふうに伝えるかって?」
「写真を撮るか、もし絵がうまかったらキャンバスに描いてみせるか、いややっぱり言葉で伝えたらいいのかな」
「その人はこう言ったんだ。自分が変わってゆくことだって……その夕陽を見て、感動して、自分が変わってゆくことだと思うって」
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サトケンから回ってきたバトンを断るわけにはいくまい。真剣に選び始めると止まらないので、その日の朝に思いついた一冊を上げていこう。
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二日目:
イリュージョン/リチャード・バック
昔、大きな川の底に村があった。遠くから見ると一本の水晶のように光るほど綺麗に澄んだ大きな川だった。その川に生き物の住む村があった。
川の水は全ての生き物の上を静かに、優しく撫でるように流れていた。全ての上を、平等に、若者、老人、金持ち、貧乏人、善良なるもの悪しきもの、全ての上を。
生き物は、川底の小枝や小石につかまって生きていた。しがみつく方法やつかまるものは様々だったが、流れに逆らうことが彼らの生活様式の根本だったわけだ。生まれた時からそうしてきたのだから。
しかし、生き物の中の一人が叫び出す日がきた。
「もうあきあきだ。こんなふうにしがみついているのは完全に飽きた。見たわけじゃないが、この川の流れは優しいし、どこへ出るのか教えてくれそうな気がする。連れてってほしいよ俺は、このままだと退屈で死んじゃうよ。あんたらそうは思わないか?」
他の生き物はそうは思わなかった。叫び出した奴を笑うのもいたくらいだ。
「お前はバカだな。手を離してどっかいってみな。お前の大好きなこの川の流れは、少しずつお前を弱らせて、最後に、岩に叩きつけて殺してしまうんだ。退屈で死ぬより確実だぜこれは」
しかし、彼はみんなの言うことなど聞きたくなかった。それくらい退屈していた。
それで大きく息を吸うと、パッと手を離してしまった。途端に流れに巻き込まれて岩に衝突した。
ところが、彼はそれでもその岩にしがみつくのをいやがったので、流れは彼のからだを再び揺り動かして川底からすくい上げ、それ以上傷を受けることはなかった。
下流へ来ると、彼を初めて見る生き物たちが興奮して叫んだ。
「おい、ちょっと見てみろ、あいつ飛んでるぞ。奇跡を起こしてる、あれはきっと救世主だ、俺たちを助けてくれる人だよきっと」
流れに乗ったものは彼らに向かって言ってやった。
「救世主なんかじゃない、あんたらと同じさ、思い切って手を離しさえすればいいんだ。流れはすくい上げてくれるよ、自由にしてくれる。手を離すんだ、それしかない」
それでもしがみついた岩から手を離すものはいなかった。さらに“救世主、救世主”と叫び続けた。
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ちと引用が長くなってしまった。この寓話が含まれた導入部にやられて、そのまま最後まで読んだ思い出は二十歳の頃か。
飛行機乗りでもある作者のバック。代表作『かもめのジョナサン』もいいけど、今日は『イリュージョン』を。現実だと思っている世界は、Illusion(幻影、幻想、幻)だという、インド哲学の“マーヤー”にも通じる視点を持った小説。1977年初版。
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三日目:
マイ仏教/みうらじゅん
私は美大に入学するため、上京してから(中略)予備校に通っていました。そこでは、まず石膏像をデッサンすることから始めます。
その石膏像をデッサンするにあたって、先生は「これはブルータスに見えるかもしれないけど、ブルータスではない」と繰り返し、「形をそのように模しているだけのことで、仮にこれが割れたら、はたしてそれはブルータスと言えるのか?」と、まるで禅問答のようなことを一生懸命言っていたのです。
つまり、今見えている物は単なる面であり、光がこのように差し込んできて一時的にその面が構成されて見えているだけのこと。それを「ブルータス」と呼んでいるに過ぎないと。
形でものを見てはいけない、感じるんだ…。
先生はそう言いたかったのでしょう。
その意味がわからないまま私は、結局二浪してしまいました。
ある日のこと、浪人するたびに買っていた石膏像を自宅のアパートで倒してしまったとき……
「これだ!」
その瞬間にまた「諸行無常」をキャッチしました。
「われわれの認識するあらゆるものは、直接的、間接的なさまざまな原因が働くことによって、現在、たまたまそのように作り出され、現象しているに過ぎない」ーーー。
ブルータスの石膏像も、割れてしまえばただの石膏。先生が「これはブルータスじゃないんだ!」と力説していた理由が、そのときようやくわかり、翌年、美大に合格しました。
あのとき石膏像が割れていなかったら、私は目に見える形にとらわれたまま「ブルータスの似顔絵」ばかりを描いていたはずです。
形あるものは一時的な状態に過ぎなくて、それは即ち「ない」ことと一緒である。
デッサンの本質もまた「色即是空」だったのです。
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今日も、ちと引用が長くなってしまった。
“マイブーム”生みの親であるみうらじゅんさんにとって、子供の頃から一貫してブームであり続けているものが仏教だという。『見仏記』や『アウトドア般若心経』などの活動からもそれは垣間みえていたけれど、氏と仏教について、たぶん初めてきちんとまとめられた本。
僕が好きな著名人ランキングで、長年に渡り上位に君臨し続けているのが、みうらじゅんさん。単に「おもしろい人」というカテゴリーに収まらない特別な何かが、この本を読んだとき、少し腑に落ちた。えらい僧侶が説く、どこか浮世から離れたお話ではない、いわば浮世のど真ん中をいく人による仏教的生き方の手引き。
刊行は2011年5月、つまり東日本大震災の直後であったことにも触れておきたい。帯にある「人生は苦。諸行無常の世の中だけど……、そこがいいんじゃない!」をはじめ、おそらくは、本当に伝えたいであろう心の中が、おかしさの中に散りばめられている。ものすごく優しい人なんだと思う。大好きです。
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四日目:
地球/母なる星 THE HOME PLANET
宇宙飛行士が見た地球の荘厳と宇宙の神秘
「最初の一日か二日は、みんなが自分の国を指していた。三日め、四日めは、それぞれ自分の大陸を指していた。五日めには、私たちの念頭にはたったひとつの地球しかなかった」
スルタン・ビン・サルマン・アル=サウド(サウジアラビア)
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アポロ11号が月面着陸した1969年に始まる、宇宙から撮影した地球の写真と、各国の宇宙飛行士たちの言葉が綴られた、大きなサイズの写真集。
見たことのない景色、それを見た人たちの言葉。そこには、想像力を果てなくかき立てる、未知の美しさがある。子どもの頃、おじさんが聞かせてくれた外国の話にワクワクするような感覚を、ページを開くたびに思い出す。
巻末の解説で、一枚の写真が僕の誕生日に撮られたものだと知った。この本が刊行された1988年の世界人口は50億人。ある一人にとって大切な日にも、死にたくなるような絶望の日でも、それほどの人たちがここで生きている。僕の見たことのあるすべての人と、見たことのある何もかもが、この球体の中に存在している。それは、意識の波が揺さぶられて、それからもう一度つながるような、不思議な感覚だった。
2019年のデータで、世界人口は77億人に増えている。今、宇宙から見た地球は何か変わっているだろうか。
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「暗く冷たい宇宙の真空のなかに浮かんでいる地球を見たとき、私の心の世界は大きく広がった。しかし考えてみれば、私の国の豊かな伝統のなかには、作られた境界線や偏見を超えてものを見よという教えがある。必ずしも宇宙に出なくとも、人は心を広くもつことはできるはずだ」
ラケシュ・シャルマ(インド)
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五日目:
わらの家/大岩剛一
圧縮したわらをブロック状にして積み、土を塗りこんで壁にする。そうして建てられる家がストローベイル(straw bale)ハウス。東京国分寺のカフェスローや、横浜戸塚のゆっくり堂に行ったことがある人も多いと思う。あの、まるくて、不思議な壁がストローベイルだ。建築家、大岩剛一さんが設計されている。
この本は、わらの家を通して見る「自然とわたしたち」の関わりを、主に子どもたちへ向けて書かれたもの。八ヶ岳、山梨県北杜市の森の中に建てられた『藁舎(ワラヤ)』の記録にもなっている。
僕が最初に藁舎を訪れたのは2017年の春。大岩さんの妹、くにこさんとのご縁からだった。家の中は、木造とも違う、もちろんコンクリとはまるで違う、森との境目がない、やわらかい空気が流れていた。ストローベイルは、断熱性・蓄熱性ともに優れ、一年を通して快適に過ごせるという。後から「ここを建てたのは、高齢の母がおだやかで豊かに過ごせるようにっていう、きょうだいの思いからだったの」と聞いた。そうか、なるほど、、と僕は感じていた。藁舎では、それから毎年の新緑の頃、くにこさんとイベントをさせてもらっている。
昨年のイベントの直前、大岩剛一さんが逝去されたと聞いた。
イベント当日は、ストローベイルハウスについて、藁舎について、お兄さんについて、ぜひくにこさんから皆さんへ話してほしいとリクエストした。そこで朗読してくれたのが『わらの家』だった。やさしい家の窓から、やさしい光の差し込む、忘れがたい一日だった。
今年も藁舎でのイベントを計画しているのだけれど、今の状況ではどうなるか分からない。でも、またすぐにあの場所で、みんなと集まれたらいいな。
そんな願いも胸に、多くの人に読んでほしい、知ってほしい一冊を。
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(あとがきより)
遠大な時間の中で蓄えられてきた豊かな知恵と技術、暮らしの思想を切り捨て、美しい山河を破壊して、戦後の日本は経済大国に名乗りを上げました。
わらの家をつくること、それは、建築家として家づくりに携わってきたこの30年間に、僕が失ってきた実に多くのものと、遅ればせながらつながり直す旅でもあるのです。
小さなもの、つつましいもの、失われたもの、ゆるやかに循環するものとつながり直すこと。
手間ひまかかる家づくりという古くて新しい物語を掲げ、住まいと私たちとの間にもう一度血の通った関係を築くこと。
これが、僕がこの本にこめた思いです。
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六日目:
セロ弾きのゴーシュ/宮沢賢治
ブックカバーチャレンジが回ってきた時、何となく、賢治作品は外せないかなと頭に浮かんでいた。
言葉、リズム、ストーリーの不思議なゆらぎ。素朴なシーンにさえ広がる宇宙。こちらに届くというよりも、突き抜けていくような何か。子どもの頃、文字が立体に変わる体験を教えてくれたのが宮沢賢治だったと思う。
どれを選ぶか迷いつつ、一番初め、学校に上がる前に読んだ『セロ弾きのゴーシュ』を。入門編と言っていい、短くてやさしいお話だけれど、あらためて読むとやはり動かされるものがある。
小さな町楽団で一番の下手くそだったセロ(チェロ)弾きゴーシュが、家にやってくる様々な動物たちとの交流を経て、やがて拍手喝采を浴びるようになる物語。
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「鳥まで来るなんて、何の用だ。」ゴーシュが云いました。
「音楽を教わりたいのです。」
かっこう鳥はすまして云いました。
ゴーシュは笑って、
「音楽だと。お前の歌は、かっこう、かっこうというだけじゃあないか。」
するとかっこうが大へんまじめに、
「ええ、それなんです。けれども難しいですからねえ。」と云いました。
「むずかしいもんか。お前たちのはたくさん啼くのがひどいだけで、なきようは何でもないじゃないか。」
「ところがそれがひどいんです。たとえばかっこうかっこうとこうなくのと、かっこうかっこうとこうなくのとでは、聞いていてもよほどちがうでしょう。」
「ちがわないね」
「ではあなたにはわからないんです。わたしらのなかまなら、かっこうと一万云えば一万みんなちがうんです。」
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七日目:
おむすびの祈り/佐藤初女
あるときに神父様から「あなたにとって祈りとは何ですか」と訊ねられ、とっさに「私の場合は生活です」と答えました。
私は、端から見ていると、めったに座って祈らないといわれています。でも、今ここに本当に食べられないでいる人、病んでいる人がいたときに、いくら手を合わせて祈っても、思いはその人にすぐには伝わりません。
手を合わせて祈るのは「静の祈り」、同じことを心に抱きながら、行動するのが「動の祈り」だと思います。私は、生きているこの瞬間瞬間が祈りだと思っています。だから、お茶を入れて,おいしく一緒に飲みましょうというのも祈り。私にとっては、生活全てが祈りです。
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僕が人生で影響を受けた女性といえば、母以外では、間違いなく初女さん。お米を研ぐとき、お米が痛くないように、野菜を切るとき、野菜が痛くないように。食べるとは、いのちをいただくこと…。「あなたにとって祈りとは」と問われたら、今の僕も同じようなことを答えるはずで、その種のひとつはいつか初女さんから受け取ったんだろうな、と。上に引用した言葉に、あらためて、はっとさせられたんです。
ブックカバーチャレンジ初日、『旅をする木』から、感動は自分が変わっていくことで伝えられるのではないか、という箇所を引いたけど、本当にそうでありたいなと思います。自分の手が、声が、言葉が、祈りでありますようにと願いつつ、七日間のチャレンジを終了するとします。誘ってくれたサトケン、招待したいと思わせてくれた友人たち、読んでくれたみなさん、ありがとうございました。楽しかった。
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ものの見方が変わったり、世界を広げてくれたり、想像力を刺激されたり、文字から色や匂いや情景を感じたり。本を読むのは子供の頃から大好きでした。大好きゆえ、真剣に選ぶと時間がかかることもわかっていて、毎朝本棚を眺めて、思いついた(目が合った)一冊をアップすることにしました。それでも、紹介した七冊は、どれも手にとってほしいものばかり。不思議なもので、今こういう時だから、というチョイスになったようにも思えます。好きという理由だけでなく、共有したい本たち。よかったら、読んだり、読み直したりしてみてね。
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堀田義樹のオンラインチャレンジ、五月から週四日で行なっているクラスはこちら。
https://www.morning-lights.net/online
新型コロナ拡大で様々な影響を受けている人も、心置きなく参加できるように、受講費はドネーション(寄付)制です。